プロフィール
都市の記憶と歴史の影をたどり、静かに怪談を紡ぐ作家 Ricca です。
江戸から令和へ受け継がれてきた「怖い話」を、現地の空気感と史実の断片を重ねて描き出します。
夜の上野・不忍池に立つと、観光地の喧騒の奥に潜む沈黙の気配が、ひしひしと肌を撫でるのを感じます。
いわくの場所:不忍池
不忍池は、上野恩賜公園の南端に位置する大きな池で、ボート池、鵜の池、蓮池の3つに区分されています。
昼間は観光客や家族連れが行き交う賑やかな場所ですが、夕暮れ後は街灯の光が水面に沈み、湿った夜気が張り付くように漂います。
今回の事件現場は、最も人目が多いはずのボート池西岸でした。

2006年「上野公園ボート池男性殺人事件」
事件概要
事件名:上野公園ボート池男性殺人事件
発生日:2006年8月4日(金)
現場:東京都台東区上野公園2番 上野恩賜公園内ボート池西岸
現状:未解決

発見状況
8月4日午後2時すぎ、観光客が水面にうつ伏せ状態で浮く男性を発見。
遺体は約3メートル沖にあり、ボート遊びをしていた人々の視線が届く位置でした。
しかし、周囲の喧騒の中で気づいた人はほとんどおらず、不気味な沈黙が事件を覆っています。
事件の時系列(8月1日〜4日)
- 8月1日:被害者が埼玉から上野へ移動。
- 8月3日 午後:植木市付近で目撃情報。
- 8月3日 深夜〜8月4日早朝:不審な物音や人影の報告あり。
- 8月4日 午前6時頃:死亡推定時刻。頭部に殴打痕、死因は絞殺。
- 8月4日 午後2時すぎ:観光客が遺体を発見、通報。
- 8月5日:警視庁が殺人事件と断定し、特別捜査本部を設置。
被害者の特徴
64歳・身長156cm・白髪混じりの短髪。
緑の柄入り長袖シャツ、黒ズボン、黒い短靴、灰色のつば付き帽子。
所持品:金銭数千円、腕時計、携帯ラジオ、うす茶色のベスト。
情報提供の呼びかけ
【問合せ窓口】
上野公園ボート池男性殺人事件 特別捜査本部 / 上野警察署
電話:03-3847-0110「8月3日〜4日の間に、争う声、悲鳴、血の付いた衣類、走り去る人影や車を見た方は情報を」
現場周辺と治安
バブル崩壊後、この周辺には一時期約600名のホームレスが集住していました。
2020年には路上生活者を襲う放火事件や、強盗致傷事件も発生し、治安問題が再び注目されました。
不忍池は、観光地でありながら、都市の影が濃く映る場所でもあるのです。
Riccaコラム:水面が記憶するもの
夜の不忍池は、昼間のざわめきが嘘のように沈黙していた。ボート池の水面は、昼間の明るい青さを失い、墨を流したように黒く沈んでいる。街灯の光がかろうじて波紋に砕け、光の切れ端が、水面を漂う記憶のように見える。池の周りを囲む木々は夜の風に揺れ、枝先の葉が擦れる音がまるで低い囁きのように響いていた。私は岸辺に立ち、空気を吸い込みながら、あの日の事件を思い浮かべていた。
2006年8月4日。この池の西岸で、64歳の男性が遺体となって発見された。うつ伏せのまま、静かに水に浮かびながら、午後2時という明るい時間まで誰にも気づかれなかったという。公園内では骨董市が開かれ、色とりどりの骨董品や古い雑貨が並び、朝から多くの人が行き交っていたはずだ。それでも、彼の命の終わりは喧騒の裏に隠れていた。事件の詳細を知ったとき、私は思わずこの池の静けさを疑うようになった。都市の明るさの裏で、誰も知らない闇が水底に沈んでいるのではないか、と。
ボート池の木製デッキに足を踏み入れると、足音が乾いた音を立てて響く。昼間の熱気をわずかに残した木は、夜露を吸い、ひんやりと湿っている。池のほとりを歩くと、蓮の葉が重なり合って影を作り、その間から小さな波紋が生まれる。私はふと水面を覗き込み、黒い水に映る自分の影を見た。街灯が揺れ、その光が不気味にゆらめいている。その揺らぎの中に、事件の日の残像が重なった気がした。誰かが必死に助けを求めた痕跡が、この水の深みにはまだ残っているのではないか。
遺体は8月4日の午後、観光客の目によって偶然発見された。だが、解剖の結果によれば、死亡推定時刻は午前6時ごろ。男は夜明け前に命を落とし、8時間以上もこの池に浮かんでいたことになる。その間、何百という視線がこの水面をかすめたはずだ。なぜ誰も気づかなかったのか。私は事件記事を読むたびに、その沈黙の意味を考える。都市の喧騒は、時として真実を覆い隠してしまう。多くの人が居ても、誰も見ていないのだ。
現場を歩いていると、時折、鼻をかすめる匂いがある。湿った土の匂い、水草の匂い、そして遠くで漂う線香のような甘い香り。それはこの場所が記憶をため込んでいる証のように思える。人々の祈りや、忘れられた悲しみが、ここに沈殿しているのではないか。ボート池の水は静かだが、その奥に潜むものは決して穏やかではない気がする。
池のほとりにあるベンチに腰を下ろすと、夜風が頬を撫でた。街の雑踏が遠のき、上野駅からの列車の音がかすかに届く。人々が帰宅する足音が途絶え、池の周囲は夜の闇に支配される。その闇は、あの日の夜と同じ色をしていたかもしれない。殺意が芽生えた瞬間も、こうした湿った夜気の中で起きたのだろうか。事件の記録を読むたびに、私は無言の池に問いかけたくなる。「あなたは、何を見たのか」と。
この事件は、警察の懸命な捜査にもかかわらず、未解決のままだ。64歳の男性の人生が、最後にどこで途絶え、なぜこの水に沈められたのか。誰がその命を奪ったのか。真相は霧の中にある。しかし、この池に立つと、まるで水面が真実を知っているかのような感覚に襲われる。池は語らない。ただ、見つめ返してくる。その視線は冷たく、そして妙に重い。
ある夜、私は池を見ているうちに、足元からぞくりとした感覚を覚えた。視界の端で何かが動いた気がして振り向くと、誰もいない。ただ、ボート乗り場の影が、月光に溶け込むように揺れているだけだった。見間違いかもしれない。それでも、心臓が妙に早く鼓動を打った。事件を追うということは、過去と向き合うことでもある。時として、その過去は人を飲み込むほどの重さを持っている。
夜の不忍池は、都会の中で異様な存在感を放つ。昼間の賑わいを見せる公園の顔とはまるで違う。池の周囲には弁天堂や祠が点在し、古くからの祈りや願いが積み重なっている。夜の静寂は、そうした声なき声を浮かび上がらせる。私は池の縁をゆっくりと歩きながら、これが平成の未解決事件の現場であることを思い出した。事件から十数年が経過しても、誰かの怒りや悲しみが、この場所に貼り付いている気がする。
池の水を覗くと、そこには自分の顔が映っていた。だが、光の揺らぎのせいか、その顔はどこか他人のように見える。私は目を逸らし、空を仰いだ。夜空は薄い雲に覆われ、月はぼんやりとした輪郭で浮かんでいる。遠くで犬の鳴き声が聞こえ、その後、再び静寂が訪れた。この沈黙の中で、事件の記憶がよみがえる。あの日も、誰かが同じように池を見ていたのかもしれない。だが、その視線は恐怖と混乱に包まれていたのだろう。
未解決事件は、語られ続けることで都市の怪談に変わる。記録は風化し、人々の記憶は曖昧になる。それでも事件は消えない。むしろ語られなくなった後にこそ、静かで深い恐怖が残る。この池の水面に漂う空気も、そうした恐怖の残り香のようだ。夜風が通り抜けるたび、事件の断片が蘇るような錯覚を覚える。
帰路につく前、私はもう一度池の縁に立ち、足元を見下ろした。水は何も語らない。だが、その沈黙は雄弁だった。事件の残響は、こうして場所に宿り続ける。私は深く息を吸い込み、振り返らずにその場を離れた。だが、背後で何かが見送っているような感覚は、最後まで消えなかった。
歴史の残響:平成の闇と私たち
平成の未解決事件は、歴史の層に沈んだ記憶と同じく、都市の深部で息を潜めています。
この池の夜は、平成と令和をつなぐ“闇の記憶”を囁いているようです。
読者からの怪談コメント
読者の皆様から寄せられた、不忍池や上野周辺にまつわる実体験や不思議な気配をお届けします。
(Facebook・Twitterにて、引き続き怪談コメント募集中!)
夜の観察者:
「事件の数年後、深夜の不忍池を歩いたとき、水面に沈む何かの影がゆらゆらと動いていた。
あれはボートの影だったのか、それとも……。」
深夜散歩常連:
「未解決事件の現場だと知ってから、夜の池の沈黙がまるで語りかけるように重く感じる。
背後で誰かが立ち止まる足音を聞いたのに、振り返ると誰もいなかった。」
上野の古い住人:
「2006年の事件の日、池の周辺で何か叫び声を聞いたという人がいた。
それ以来、夕暮れ時のボート池は、まるで時間が止まったように不気味だ。」
怪談ウォッチャー:
「夏の夜に池を覗くと、月の光が水面を裂くように揺れて、顔のような影が浮かんで見える。
平成の事件の記憶が、水の底で眠っている気がしてならない。」
事件を知る者:
「祖父がよく、『池は全てを見ている』と言っていた。
未解決事件と怪談が交錯するこの場所には、確かに時代を超えた“何か”が棲んでいる。」
まとめ
上野・不忍池ボート池殺人事件は、今も真相が明らかにされていません。
夜の池は、解かれぬ謎と共に静かに呼吸しているかのようです。
事件を語り継ぐことは、都市の“忘れてはならない記憶”を残す行為でもあります。
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