プロフィール
歴史と町歩きが大好きな東京のタクシードライバー、Riccaです。運転席から眺める街の景色に加え、休日には全国を旅して歴史や文化を自分の足で確かめています。今回の舞台は大阪・西成。東京とは違う空気をどう感じたのか、体験を交えて綴ります。
場所・アクセス
大阪市西成区は、大阪の中心部・なんばや新世界のすぐ近くに位置しています。最寄駅はJR新今宮駅、地下鉄御堂筋線・動物園前駅、南海萩之茶屋駅など複数あり、観光スポットへのアクセスも良好です。宿泊費の安さから海外旅行者にも人気が高まりつつあります。
見どころ
西成はかつて「あいりん地区」「釜ヶ崎」と呼ばれ、日本最大のドヤ街として知られていました。日雇い労働者の拠点であり、歴史的には高度経済成長を支えた場所でもあります。その一方で、治安の悪さや薬物のイメージが強く、長く恐怖や先入観を持たれてきました。実際に歩いてみると、昼間は生活感あふれる商店街や立ち飲み屋が軒を連ね、夕方からは観光客や外国人旅行者の姿が目立ちます。路地に入れば独特の匂いや静けさが漂い、東京の歓楽街とは違う「時間の止まったような雰囲気」を感じました。
Riccaコラム:天龍ラーメンとキヨちゃん
西成区の夜は、驚くほど早く静まる。かつて「日本最大のドヤ街」と呼ばれたこの町を、女性一人で歩こうとする私は、正直、少しだけ無謀だったのかもしれない。
西成の夜に一歩踏み出す
西成区の夜は、驚くほど早く静まる。
かつて「日本最大のドヤ街」と呼ばれたこの町を、女性一人で歩こうとする私は、正直、少しだけ無謀だったのかもしれない。
昼間は生活感あふれる商店街が続くが、日が沈むと一転、通りにはほとんど人影が消える。観光客と見られる大きなスーツケースを抱えたアジア系の若者や、薄着の欧米人の姿ばかりが目に入り、地元の人々の気配はほとんど感じられない。
「西成の夜に女性一人で出歩くなんて、強姦されても文句言えへんで」
大阪の知人にそう脅された言葉が頭をよぎる。だが好奇心が勝り、私は萩之茶屋のホテルから夜の街へと繰り出した。
御堂筋線を横軸に、阪堺電車を縦軸に見立てながら、頭の中で地図を描く。新世界へとつながるジャンジャン横丁を抜け、公園本通りを通り過ぎ、飛田新地の灯りがかすかに見えるあたりまで歩いてみる。表通りには観光客の気配があるものの、路地に入れば薄暗く、どこか時間が止まったような感覚に襲われる。
恐る恐る歩きながらも、「旅をするなら西成の夜を自分の目で見ておきたい」という思いが背中を押していた。
しかし、西成の夜は思った以上に短い。行こうと決めていたホルモン焼き屋『マルフク』に辿り着いたのは22時頃。すでにシャッターは下ろされていた。
「ああ、やっぱり…」
旅の楽しみをひとつ逃した喪失感にため息がこぼれる。
残された時間はあとわずか。明日には東京に戻らねばならない。せめて、何か大阪らしい一皿を口にして旅を締めくくりたい。
その時、目の前に現れたのが『天龍ラーメン』の赤い看板だった。
漫画と現実が重なる瞬間
私はその店を見た瞬間、心がざわめいた。
「もしかして…ここが?」
思い出したのは、私が大切に持っている漫画『女帝』の一場面。
主人公の彩香が、大阪に出て水商売の世界へ足を踏み入れ、運命の男・ナオトと出会う。そして二人で初めて共に食べたのが深夜のラーメン。その舞台となった店の名は『銀龍ラーメン』。
「銀」と「天」の違いだけで、雰囲気も店構えもそっくりだ。
「きっとモデルはここに違いない」
胸が高鳴った。
『女帝』は熊本出身の女子高生が、大阪で水商売の世界に身を投じ、苦境を乗り越えてのし上がっていく物語だ。差別や暴力、裏社会の現実を描きながらも、女性の強さや夢を追う姿に胸を打たれる。私はその世界観に惹かれ、続編まで全巻を揃えるほど読み込んできた。
その「現実の入り口」に立っていると思うと、物語と現実が重なり合うようで、不思議な感覚に包まれた。
「こんばんは〜!旅行で来てるんですけど、天龍ラーメンってどうですか?」
私は店の前で煙草をふかしていた男性に、思わず声をかけてしまった。
彼は少し笑って言った。
「ああ、美味いで。ラーメンくらい奢ったろか?」
その瞬間、漫画のナオトが現実に飛び出してきたかのように思えた。
謎めいた男 ― キヨちゃん
彼の名はキヨトさん。気さくに「キヨちゃん」と呼んでいい、と笑う。
見た目はどこか都会的で、西成のイメージとはかけ離れている。背筋は伸び、言葉には自信がにじむ。まるで歌舞伎町あたりにいる若き実業家のような雰囲気を纏っていた。
「この辺、女の子一人は危ないで。ホテルまで送ったるわ」
その後、ラーメンを共にすすりながら、会話は途切れることなく続いた。
私が作家志望であること。西成を歩いて文章を書いていること。
彼が西成のホテルに月極で住んでいること。
一見すればただのラーメン屋前の偶然の出会いだが、会話を重ねるごとに彼の知識の深さ、経験の豊かさに驚かされた。
「昔ほどじゃないけど、西成は今も覚醒剤の町やで」
そう言って、キヨちゃんは舌を鳴らした。
甲高く鋭いその音は、売人同士の合図のようだった。私が真似しても、到底出せない音。
その一瞬に、この町が抱える「見えない地下水脈」の存在を確かに感じた。
「明日も大阪回るんやろ?朝からやってる立ち飲みあるで。連れてったるわ」
不思議な縁に導かれるように、私たちは翌日も会う約束をした。ホテル前で立ち話をすれば、気づけば3時間も経っていた。
彼の人生はどこか謎めいていた。なぜ西成にいるのか。なぜ月極でホテルに住んでいるのか。問いかければ聞ける気もしたが、口にしてはいけないという直感が働いた。
彼の話の端々には、暗示のようなヒントが散りばめられている。しかしそれを言葉にするのは、どこか野暮なことのように思えた。
「じゃあ、明日10時な!」
そう言って笑うキヨちゃんは、やはりどこか「物語の登場人物」のようだった。
西成がくれるもの
私はホステスではない。けれど、言葉でのし上がりたいという野心はある。
西成という町は、ただ「危険」「貧困」のイメージに押し込められるものではない。歩けば歩くほど、そこに生きる人の息遣いや、漫画や小説の中でしか出会えないような濃い人生が浮かび上がってくる。
天龍ラーメンの暖簾をくぐり、キヨちゃんと出会った夜。
それは旅の偶然に見せかけて、どこか必然のような気がしてならなかった。
私の1日目は、こうして幕を閉じた。
顔を洗って眠りにつきながら、心の中ではすでに明日の物語が始まる。
アドバイス
西成を訪れるなら、昼と夜で雰囲気が大きく変わることを意識しましょう。夜は早く店が閉まるため、食事や散策は日没前に計画するのがおすすめです。治安は改善されていますが、人気のない路地を一人で歩く際には注意が必要です。旅人ならではの目線で「街の歴史と今」を感じ取ると、より深い体験になります。
読者コメント
「怖いイメージがあった西成が、こうして体験談を読むと違って見えてきますね。」
「歴史背景を知ると、ただの安宿街以上の意味を持つことがわかります!」
まとめ
先入観とは違った西成の姿を体感できました。恐怖や緊張感の中にも、人との出会いや独特の空気があり、旅ならではの発見があります。
次回は「夜の町を歩いてみる」編を予定しています。
→旅③はこちら
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