【アリス / 「チャンピオン」】
あれは、私がまだ中学生の頃。
体調不良で学校を休んだ日に、兄の本棚から少年漫画を拝借して読んでみた。『はじめの一歩』というボクシング漫画だった。
チャンピオンになったジムの先輩達とカラオケへ行き、アリスの『チャンピオン』をエンドレスに歌うシーンがある。この時、私は初めてアリスを知った。
なんだなんだ? このアリスってグループは!
そもそも、この歳の女子が知るアリスなんて、水色のワンピースに白いエプロンを付けたディズニーのアレしかない。
漫画を通して知った『アリス』に、強く関心を示した。
少し経ち、次は母の音楽箱からアリスのカセットテープが見つかったので、聞いてみた。
『チャンピオン』…!衝撃的だった。
アリスの中ではフォークソングよりロック調である。ノリが良い。
谷村新司、堀内孝雄、ソロでも活躍する彼らの名前は私でも知っていた。しかしこのドラム!矢沢透という男!
♪ you’re king of kings ♬
早口過ぎて聞き取れない、被せのコーラス。ドラム・矢沢透の声らしい。『チャンピオン』高揚感がなんとも言えない!
この頃、兄は最新鋭の音楽鑑賞機器を与えられていた。なのに、私の部屋には “祖父が突如兄にくれたカセットプレーヤー” しか無い。もちろんこの兄から下げ渡されたものである。
同級生は、最新の歌謡曲の話題で盛り上がっている中、伸び伸びになったカセットで、アリスを聴き続けた。
私はいつも、兄から酷い暴力を振るわれていた。
♪ 君はついにぃ〜 立ち上がぁったぁ〜♬
私が弟なら、ロビンマスクに勝つことがあったかもしれない。アリスの世界でだけ兄を殴り倒す事を想像する。
♪ わずかにひらいた君の両目に光る 涙が何かを語った♬
殴られ続けたあの頃。家族の理不尽に涙する少女のことなど誰にも届かない。
♪ 僅かばかりの意識の中ぁでぇ〜 君はぁ 何をぉ 考えたのかぁ〜♬
…安全と、安心が欲しい。
若い力でおそいかか…れたら良かったけれど、この兄の下に生まれた妹など、一方的に殴られるだけである。
こんな私が、アリスを聴いて悲しい想い出しかないか?というと、そんな事はない。
辛い時、苦しい時、耐えられない時、私はいつも歌っていた。独りでも自分の声が音楽と結びつけてくれた。
そして今、昭和歌謡ばかり聴いていたことで、年上の音楽仲間と繋がれた。
年回り的にはオジサンに値しても、「兄さん!」と私が呼び慕うのは、兄に対する思いを変えたい、もう兄を赦したいからかもしれない。
アリスには、格別な思い入れがある。
あとがき
アリス『チャンピオン』を書こう!と決めた時、あの定番の下ネタを書くべきか悩んだ。
タつ、の漢字が変わるアレである。
♪ 年老いた〜 悲しみを見た〜♬
♪ タたない〜で〜 もぉ それで充分〜だ〜♬
… 満足できるはず、無いでしょう!(怒)
なーんて書くと、一定数の兄さん達のメンタルを傷つけかねないので、止めにした。
音楽ばかりじゃなく、奥さんも楽しませてあげてくださいね♬ としか、言いようがない。
こんな大衆向けのネタではなく、もっと自分を掘り下げてみても良いのではないか。自分を書く。私は前々からずっと、そんな事を考えていた。
自分の過去を話すと皆、可哀想と呟く。当の本人は、人と同じ経験をしていないだけで、悪いこととは思っていない。あの時は苦しかったけれど、乗り越えられた今、なんて事ない。
好きでこんな風に生まれた訳ではないけれど、誰もが自分を生きるしかない訳で、誰も何かを抱えて生きている。
今、この歌を愛する人達のアッチの方は、もしかしたら『チャンピオン』でないかもしれない(人も居るかもしれない)。
それでも過去の栄光に縛られず、今を、今こそ、美しく生きて欲しいと願う。
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